獄さんはマニュアル車に乗っててくれという妄想。
を、舌の根も乾かぬうちに文字にしました。なぜこのちょっとクセのあるチョイス。でもまぁ、彼ぴの運転するクルマに乗るっていうシチュエーションが好きだから許して。
ネームレス
(やっとネームレスをかけるようになれました)
車に乗ってデートしに行った帰り道、予想外のハプニングに、私と獄さんはコンビニの駐車場で動けずにいた。
「…代行。いや、明日以降どっかのタイミングで」
事の発端は、獄さんが左手を怪我してしまったことから始まる。いや、始まるって言ってもそれだけなんだけど。
ちょっとタバコを吸いたいからと言って寄ったコンビニ。そこでタバコを吸おうとしたらライターを落として、拾おうとした左手を運悪くライダーブーツで踏まれてしまった。もちろん相手は平謝り。獄さんは大したことはないと言ってその場は丸く収まったけれど、タバコを吸い終わって車に戻ってきた頃には手がめちゃくちゃ腫れていた。助手席に座って獄さんを待っていた私がうわぁ、と声に出すレベル。獄さん本人も痛いらしく、シフトレバーを触ろうとしては手を引っ込めている。獄さんの車はMTなので、左手が使えなければ運転できない。
獄さんは諦めたように舌打ちをして、スマホを手に取った。
「代行、は俺の車を知らねぇヤツが運転するのが我慢ならねぇ」
「今はタクシー使って帰って、明日以降取りに来るっつー手もあるが、しばらくアシがねぇのは困る」
代行業者を探しているのか、スマホを見る顔は険しい。
よっぽど他人に車を運転させるのが“我慢ならねぇ”のだろう。
明日以降も仕事で車を使うだろうし、だったら、と私は獄さんの肩を叩いた。
「私が運転しようか?」
「あ?何言ってんだ、お前ペーパーだろ」
「獄さんほどうまくはないけど、運転はできるよ」
ものすごく胡散臭そうな目で見られた。
はぁ、とため息をつきながら、お前は何もわかっちゃいねぇ、と視線を逸らされる。
「俺の車がMTってわかってて言ってんのか?AT限定じゃ運転出来ねぇんだぞ」
「だから、運転できるってば」
わかっちゃいないのは獄さんだ、運転できるって言ってるのに。MT車っていうのも、ずっと助手席に座ってるんだから知ってるに決まってる。
訝しがる獄さんに、財布から出した免許証を渡した。
免許証と私を何度も見比べて、AT限定の文字が見当たらない事を理解したらしい。でも、納得はできてないようで、往生際悪く「でも」とか「だが」と口籠っている。
「知らない人に愛車を乗り回されるか、車なしで過ごすか、私に運転させるか、どうする?」
獄さんにとっては究極の3択だったようで、すっかり黙り込んでしまった。
運転席で腕を組んだまま、たっぷり30分は経った。
暇だなーとスマホをいじっていたら、ついに覚悟が決まった獄さんが口を開く。
「本当に大丈夫なのか」
「交通ルールわかってるか」
「事故だけは勘弁しろよ」
私のことをペーパードライバーだと思って念押ししてくる獄さんに、一つ一つわかった、大丈夫だよ、と返事をして、ようやく「じゃあ、任せた」と運転席を譲ってもらった。
「シートとハンドルの高さ調整どこ?」「ミラーも触るね」と確認を取りながら、獄さんの車を私用に合わせていく。準備が終わって改めて助手席を見ると、落ち着かないのかソワソワと身体を揺すってる獄さんと目が合った。
「じゃあ、動くね」
アクセルを踏みながらクラッチを操作する。うまくギアが繋がったところでシフトを1速へ。獄さんはエンストせずに発進出来たことに驚いたのか、安心したのか、ハザードランプ近辺をうろついていた手が膝へ戻された。
そのまま2速3速と加速していく。
「うめぇじゃねぇか」
「でしょ?たまには助手席でゆっくりしてなよ」
運転中で獄さんの顔は見れないけど、獄さんからの視線は感じた。
✳︎
《獄サイド》
夕日に照らされながら運転する彼女の横顔がいつもより真剣な顔をしていたので、女が運転する男に惚れる理由はこういうことなのかもしれない。
運転席の視界に慣れきっているから、助手席に座るのがどうにも落ち着かない。いつもなら車に乗ると運転をしているので、何もしないと言うのも尻の収まりが悪い。
助手席に座るという妙な緊張感からか、手の痛みの事はすっかり忘れていた。
彼女は車に乗る時は迷わず助手席に向かうし、運転に関して何か言われたこともなかった。だからてっきり運転は出来ないものだと思っていたが、まさかMTの免許を持っていたなんて。
信号待ちでシフトダウンするのに合わせて、いつもの癖でつい足が動く。自分とはタイミングの違う運転は、自分が今助手席に座ってることを改めて思い出させた。
「MT運転できるとか、言ってなかったよな」
「うん、言うタイミングもなかったし」
「意外とサマになってんじゃねーか」
「そぉ?じゃあこの車と相性いいんだ」
赤信号、久しぶりに正面から顔が見れたと思ったら、やけに上機嫌な笑顔だった。
俺の車はハンドルは重いし、ペダルの踏み込みは深い。
あまり運転しやすい車ではないだろうに、相性がいいとかぬかしやがる。それがどうにも面白くない。自分の車を他人が運転しているからなのか、自分の車を彼女が乗りこなしているからなのかはわからないが、面白くないのは確かだ。
「拗ねないでよ、またアッシーしてあげるから」
「誰が頼むか」
「飲み会とかでお迎えが必要になったら呼んでね」
こちらの話を聞かず、彼女はまた前を向いた。車が動き出す。
こいつが運転できて、助かったのは事実だ。変な考えは一旦捨てて、まだ言ってなかった言葉を伝える。
「あんがとな、助かった」
彼女は少し顔を赤くして、へへっとはにかんだ。
運転中の顔とはまた違う表情に、少しだけ胸が高鳴る。
家はもうすぐそこだった。
そのままスムーズに家まで帰ってこれたと思ったら、最後、駐車に手間取ったのに妙な安心感を覚える自分がいた。
やっぱり、運転は俺の仕事だ。
「だぁーから、ハンドル逆だって!」
「待って待って、後ろ見ながらハンドルどっち回したらいいとかわかんないって!」
「ハンドル貸せ!お前は足だけ動かしてろ!…いって!」
「左手使わないでよ、痛いんでしょ!?」
「そう言うならしっかり切りかえせ!」
2025/08/16
獄さんの手は骨に異常はなかったのですが、包帯ぐるぐるになってしまったので、仕事中は社用車で部下の人に運転してもらったそうです。
無理に持って帰ってくる必要は特になかった笑
おまけ
「お前、バイクも乗れるとか言い出さねぇよな?」
「バイクは起こせなくてやめた笑」
「ハハッ、だろうな。バイクは俺の後ろに跨がっとけ」
◆天国獄
運転は男がするものだと思ってる。
ましてやMTの愛車。男の乗り物だと思ってた車を彼女が普通に転がしてて面白くなかった。けど、運転してる横顔に惚れ直した。
◆夢主
獄さんの車がMTということを知って、わざわざ限定解除しに教習所へ通った。坂道発進が苦手。特に獄さんの車を運転するつもりはなかったけど、役に立ってよかったと思っている。
あと、獄さんがなんか悔しそうに拗ねてるのが面白い笑

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